クッキーシーンみたいに

「クリエイション・レコーズ物語」を読みながら、ある雑誌のことを思い出していた。大学のころたまたま出会った「クッキーシーン」という音楽雑誌で、安っぽい紙に印刷されており、マニアックな音楽情報でびっしりと埋め尽くされ、限られた紙面を少しも無駄にしないという決意めいたものが感じられた。まだまだ知名度の低いアーティストの曲が洋邦問わず15曲くらい収録されたCDがおまけで付いており(いずれもフルで聴けた!)、未知のアーティストを発見するたのしさがあった。「クリエイション・レコーズ物語」を読みながらクッキーシーンのことを思い出したのは、この本がペーパーバックなのに加えて、クッキーシーンの伊藤英嗣氏が翻訳を務めていたからだ。氏が書いたマイブラの「Loveless」のライナーノーツを読んで以来、「このひとが勧めるものはきっと間違いない」と思っている。

好きが凝縮されたものを読むのはたのしい。行間どころか文字と文字の間から「好き」は漏れる。情報が全くわからず、「好き」しか伝わってこなくてもたのしい。わからなくてもおもしろい。このひとがここまで言うのであれば今度買ってみようかな、という気持ちになってくる。クッキーシーンは「このアーティスト好き!」「聴いてみて! きっと気にいると思うから!」「これが知りたいから直接訊いてみた!」でいつも埋まっていた。

かねてからできるだけ熱を持ちたくないと思いながら生きてきて、おおむね平熱で生きていけるようになってきたけれど、いま作ってみたいと思うのは熱にまみれた読み物で、でもたぶんもう熱にうかされるくらい好きになれるものも出てこないだろうし(平熱でもなにかを愛することはじゅうぶんできる)、なんで熱を失うように生きてきたんだろうという反省が、今ごろになって大きくのしかかってきている。ないものねだりなのかもしれないけど。